医師、言語聴覚士、スタッフのコラム

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日々の気づきや、きこえの事など、各専門家の目線で難聴との関わり方を綴っています

難聴児におけるスピーチ・チェインについて

2021.03.16

難聴児におけるスピーチ・チェインについて

話し手と聞き手

 

私達は日常的にことばを使用して会話をしています。

 

ことば(言語)には音声言語や手話などいくつかの種類がありますが、今回のコラムでは、音声と聴覚を使用する音声言語についてお話します。

 

コミュニケーションを行う場合、

必ず話し手聞き手の2人が存在していることになります。

 

ではこの2人はどのような過程を経て、

音声言語による会話を行っているのでしょうか?

 

今回は、

話し手から聞き手へと音声言語が伝わる過程について

お話したいと思います。

 

 

スピーチ・チェイン(Speech Chain)

 

話し手から聞き手へと音声言語が伝わるまで――つまり話し手の言葉を聞き手が理解するまでの過程

 

この過程を専門用語で

スピーチ・チェインSpeech Chain

と言います。

 

日本語訳をすると

「話しことばの鎖」になります。

 

音声言語によるコミュニケーションは

まるで鎖のように連なって行わられています。

 

山田弘幸:言語聴覚士のための心理学.医歯薬出版,東京,13,2012

  

このように

人間の認知情報処理過程を図式化したものがスピーチ・チェインと呼ばれるものです。

 

 

7段階のプロセス

 

続いて

スピーチ・チェインを構成する7段階についてお話します。

 

① 話し手の心理学的レベル

② 話し手の言語学的レベル

③ 話し手の生理学的レベル

④ 音響学的レベル

⑤ 聞き手の生理学的レベル

⑥ 聞き手の言語学的レベル

⑦ 聞き手の心理学的レベル

 

例として

2人が挨拶する様子から段階分けしてみましょう。

 

 

この段階は

言語化される以前であり、挨拶をしたいという気持ちが沸き上がった段階です。

 

 

この段階では

話し手であるAさんの気持ちを頭の中で「おはよう」という言葉に変換します。

 

 

この段階では

頭の中で産生された「おはよう」という言葉を実際に発語します。

 

 

この段階では

Aさんによって発語された「おはよう」という音声が、音波として大気中を伝わっていきます。

 

 

ここからは視点が聞き手に変わります。

 

この段階では

大気中を伝わってきたAさんの「おはよう」という音声をBさんが音として聴き取ります。

 

 

この段階では

聴き取った「おはよう」という音を言葉として理解します。

 

 

この段階では

言葉を聞いたことによってBさんの心の中に生じる心理状態を指します。

 

このようにコミュニケーションは

心から始まって心で終わる一連の行為を指します。

 

 

自己音声フィードバック・リンク(フィードバックの環)

 

ここでスピーチ・チェインにおいて

重要な役割を担っている箇所についてお話します。

 

それは

自己音声フィードバック・リンク

と呼ばれる役割です。

 

これは

話し手が自分自身の音声を観察している経路を示したものです。

 

 

私達は相手の音声だけを聞いている訳ではありません。

 

自分が発した音声を

自分自身の耳で改めて聞いています。

 

これを自己音声フィードバック・リンク――つまりフィードバックの環と言います。

 

これは話し手自身が、

周囲の騒がしさに応じて声の大きさを考えたり、発音をチェックするために自分の音声を聞いて調節する役割があります。

 

私達は周囲の状況に合わせて

音声を聞いて声を大きくしたり、声を潜めて小さく話したりします。

 

この時にも

自分自身の音声を聞いてフィードバックしているからこそ調節が可能になるのです。

 

聞き手の時だけでなく、自身が話し手になる時にも“きこえ”は重要な役割を果たしているのです。

 

 

難聴児におけるスピーチ・チェインの関係

 

ここまでお話したように、

“きこえ”と“話しことば”は密接に関わっていて、いわば表裏一体の関係です。

 

難聴のために、自分が話したことば(スピーチ)のフィードバックがうまくできないと、

発音、声の高さ大きさの変化声の質などの正しい調節の仕方を学習することが難しくなって抑揚のない単調な音声になることもあります。

 

補聴器や人工内耳などを装用して

“きこえ”を補うことを「聴覚補償と言います。

 

聴覚補償をして、

“話しことば”をできるだけ正確に耳から覚える。

 

そして聴覚補償をして、

“話しことば”をできるだけ自然に話す。

 

聞くためだけではなく、

話すためにも聴覚補償は重要な役割を果たしているのです。

 

一方、残存聴力を活用して適切な聴覚補償をしても、

健聴と全く同じような“きこえ”が得られるわけではありません。

 

すなわち聴覚補償だけでは

発話(スピーチ)の習得が難しい場合が多くあります。

 

そのため、適切な聴覚補償をした上でさらに、

きこえの練習(聴能訓練)や、聞きやすい話しことばで話すための発音の練習を重ねていくことが大切です。

 

参考文献

 

・山田弘幸:言語聴覚士のための心理学.医歯薬出版,東京,13,2012

鏡ら:ろう・難聴児の音声の基本周波数と強度の変化の特性.日本音響学会誌31巻3号,156,1975

福田友美子:聴覚障害児に対する声の高さの調節の訓練.特殊教育学研究26(3),4,1988

・山田ら:言語聴覚療法習得のための必須基礎知識.株式会社エスコアール,千葉県,15-21,2015